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全国大会2023注目プレイヤー事前インタビュー:~ランキングの辿り着く先は~ 前編

ライター:河野 真成(神結)

 いよいよ、全国大会が迫っている。
 
 全国大会参加者一覧を見ればわかるが、今年度はシステム上、ランキングによる上位の参加者の割合が多い大会となっている。
 故に、ランキング期間中の争いは非常に過熱した。

 DMPランキングの過酷さについては、以前超CSⅥに際して紹介した。2017年度から続くランキングが時代を経て現状にはそぐわないものとなっており、2024年度からはシステムが見直されることとなった。
 
 一方で現行のシステムであったとしてもランキングを走り切ったプレイヤーがいたのもまた事実であり、彼らの努力や決断は、並大抵のものではない。
 
 では彼らは何故、ランキングを走ったのか。
 そして彼らは何故、ランキングで勝ち残ることが出来たのか。

 今回は前期・後期ランキングプレイヤーたちの中から、個人的に注目している数名にそれぞれ話を聞かせてもらった。

48410ptsの謎:ミノミー

 今期の前期ランキングの1位はミノミーだった。積み上げたポイントは、なんと脅威の48410pts。全国大会へのボーターラインが25500ptsであったことを考えると、異次元の数値である(参考までに書いておくと、CSに1回優勝してもらえるポイントは基本1200ptsである)。

 2019年に行われた超CSⅢの優勝者であり、最強位決定戦にも出場と、既に実績も知名度も抜群。【水魔導具】と言えば真っ先に名前の挙がるプレイヤーだろう。そのためか、一部プレイヤーから“魔ニキ”の愛称で親しまれている。
 
 そんな彼には、水魔導具との出会いはもちろん、どうしもて気になっていた48000ptsに至るまでの経緯についても詳しく教えてもらった。


――よろしくお願いします。まず簡単にですが、プレイヤーとしての経歴を教えてください。

ミノミー「最初にデュエマを触ったのは……17年くらい前ですかね。4弾とかだったと思います」

――サバイバーとかがあった頃ですか?
 
ミノミー「そうですね。デュエマはずっとやってはいるんですが、ガチ寄りの思考で取り組み始めたのはGP8thくらいからだったと思います」

――思ったより意外と最近なんですね。
 
ミノミー「GPとかは過去にも参加してましたよ。GP2ndと7thには出場してました。使ってたのは2ndが赤黒バイク(闇火侵略)、7thが《ニクジール・ブッシャー》とか《“轟轟轟”ブランド》の赤(火)単でした。いまじゃ考えられないですね」

――CSとかに出るようになったのは2019年からなんですか?

ミノミー「そうですね。19年から走り出しました。当時の目標は1byeをもらえる100位くらいでした」

――そして【水魔導具】に出会う、と。

ミノミー「自分は(闇単)デスザークとか使っていて、よく《メンデルスゾーン》に嫌な思いをさせられていたんですけど、『2ターン目にメンデル引けるなら、《卍 新世壊 卍》も引けるだろ!』って」

――え、それが始まりなんですか?
 
ミノミー「もう少し詳しい話をすると、その年の春くらいだったと思うんですけど、赤青(水火)覇道を使っていた時にCSの決勝で【水魔導具】を使った人と当たって、負けたんですよ。そのあとに別のCSで青黒(水闇)のオレガ・オーラを使っていた時に、その人を見掛けたのでフリーをしてもらったんですよね。そしたらこの時、本当にボコボコに負けたんです。確か1-10とか、そのレベルで。その時に『もしかしてこのデッキって、有利対面に当たった時には確実に勝てるデッキなんじゃないか?』と思うようになりました」

――それで自分も使うようになった、ということなんですね。
 
ミノミー「そうなりますね」

――なるほど……。ところで話は変わるんですが、今期の48000ptsについてもお話が聞きたくて……。
 
ミノミー「いやぁ、なんでなんでしょうね、いま思うと」

――え。

ミノミー「そもそも、走る気はなかったんですよ」

――そうなんですか?

ミノミー「だけどCSで会ったのすけとかに『いや、走るぞ』って言われて。『マジで……?』とはなりましたが、じゃあ、やるか……、っていう」

――(ちょっとよくわからないな、と思ってる)
 
ミノミー「それでランキングが始まったら、すんごい調子良かったんですよ。ロケットスタートが決まったんです」

――確かその時使っていたのは【4c邪王門】でしたよね?
 
ミノミー「そうです。キツいデッキもあるから優勝しやすいとは思ってなかったんですけど、アベレージが取りやすいデッキだったんですね。あと当時はCSに必ず一定数はいた赤(火)単やアポロなんかに有利だったので。成績が安定すると思ってました」

――(ランキングの経歴を確認しつつ)見てみたら、春のGPまでに3回優勝していますね。
 
ミノミー「赤単を決勝で2回引いたり、当たり運にも恵まれましたね」

――それで、どうして48000ptsに……?
 
ミノミー「なんでだろう……? 夏入るくらいまでは他のプレイヤーと抜きつ抜かれつの争いになって。邪王門の後はしばらく魔導具を使っていたんですが、アナジャ(水闇自然ジャオウガ)に切り替えてから勝って、その時点(5月頃)で1位になったんですよ。その後はなんかみんなが追い上げてくるから、必死に逃げてただけなんですよね」

――なる、ほど……?

ミノミー「超CSⅤの時に速報でZwei(lance)さんがベスト8に入ったって聞いたときは優勝するだろうと思ったので、『もう駄目か』ともなったんです。でも逆に、もうこれ以上頑張らなくていいかな、ともなったんですけどね。ところが彼はそのままベスト8で止まってしまったので、じゃあ1位が狙えるなら狙うかと……」

――その頃は確か魔導具に戻ってましたよね? やっぱり魔導具を上手く使ったのが、勝っていた要因なんでしょうか
 
ミノミー「そうですね。《DG-パルテノン ~龍の創り出される地~》入りの構築だったんですけど、枚数を環境によって弄ったり、リストは結構変えてました。それが上手くいって、コンスタントに勝ってたんですよね」

ミノミー「そしたら2位3位の方と8000ptsくらいの差が付いたところで、なんか向こうが『もう1位は無理』と勝手に諦めちゃって。『えぇ?』となりましたよ。まぁ、でもいつまた彼らが走り出すかわからないし、盛れるだけは盛っておくか、と……。その後、8月の後半くらいに、ワンチャン50000pts狙えるんじゃないか、となって。それと2019年の1位が最終的に47000ptsとかだったので、そこは超えてみようとなりまして」

――もう過去の偉人と戦ってたんですね……。
 
ミノミー「そうですね。『なんで50000pts目指してるんだろう?』と思うこともありましたけど……」

――ここまで勝ってると無縁だったかもしれませんが、逆にランキング中に苦労したこととかってありましたか?

ミノミー「ありましたよ。ビクトリーBESTが発売された後は、全然勝てなかったんですよ」

――そうだったんですか?

ミノミー「あそこでサムライが大流行したんですけど、全然勝てなくて困りました。魔導具は駄目だし、色々試して……迷走してましたね。アポロとかもちょっと試しました」

――それは初めて聴きました。
 
ミノミー「勝ってる時って疲労を感じないんですよね。気分が乗ってるので。でも1ヶ月くらい勝てない期間が続くと、メンタル的にかなりキツかったですね。疲労も感じるようになりますし」

――ちなみにその後はどうなったんですか?
 
ミノミー「結局色々決めきらないままだったんですけど、『魔覇革命』以降はアナジャとかも使っていたんですが、黒緑(闇自然)のアビスに切り替えて、そこからはアビスです。秋のGPもアビスでした」

――ランキングが終わって、いよいよ全国大会となりますが、全国大会への意気込みってありますか?
 
ミノミー「いままでの質問で一番難しいな……。あ、それでいえば1つありました。最強位とかGPではフィーチャー卓で凄いことが起きたので、全国大会ではちゃんと勝ちたいですね」

――ありがとうございました。


無念のGPと全国への挑戦:もるる

もるるを初めて知ったのはDMGP2023-1stだった。
 
 使用していたのは【水闇自然ジャオウガ】で、見事な快進撃をで準決勝に進出。しかし準決勝ではマッチでいずれも4ターン目に《月下卍壊 ガ・リュミーズ 卍》を決められ敗北すると、全国大会への権利を懸けた3位決定戦で惜敗。
 そのマッチカバレージを担当していたのは私だったのだが、その時の表情と様子が強く印象に残っていた。残酷な結果を前にしてやや若さも感じる言動こそあったものの、「全国、いきたかったな……」という独白が、あまりにも重く響いた。
 
 ……しかし、もるるはこれで終わらなかった。
 ともすれば1つの思い出で終わってしまいそうな敗北を乗り越え、見事に願いを叶えてみせた。
 
 プレイヤーとしてはまだまだ若いが確かな実績を刻んだ、彼の前期ランキングについて話を聞かせてもらった。
 

――インタビューにご協力いただきありがとうございます。まずもるるさんのプレイヤー経歴を教えていただけますか。
 
もるる「カードを最初に触ったのは……7~8年前とかですかね。小学校の頃に《極魔王殿 ウェルカム・ヘル》とかで遊んでいた記憶があります」

――その後、CSとかに出るようになったキッカケとかはありますか?
 
もるる「競技的な形でデュエマをするようになったのは、2年くらい前です。当時はコロナ明けくらいだったと思うのですが、カードショップに通って遊んでいたんです。その時にCSというものがあるよと教えてもらいました。その後もしばらくは、CS会場には遊びにいく感覚だったのですが、行くうちに知り合いも増えて、デッキとか教えてもらって、より競技的に取り組みたくなりました」

――今年のランキングを走った経緯とはどういったものだったのでしょうか?
 
もるる「一番はやっぱりGPでの悔しさがあったというのと、もう1つがGPの前後のCSで調子良かったんですよ。GP前のCSもそうですし、終わったもポイントを盛れていたので、周りからの応援もあってランキングを走ることを決めましたね」

――なるほど……。ちなみにGP前も調子が良かったという話なのですが、CSとかで勝てるようになったのはいつ頃からだったのでしょうか?
 
もるる「勝てるようになったというと……結果というより、自分の中で実力が伸びて手応えを感じるようになったのは、1年くらい前ですね」

――その時って何を使ってたんですか?
 
もるる「最初は4c邪王門を使っていて、プレイに自信はなかったんですが、自分の好きなデッキで使いかったんですよね。その後にアナハン(水闇自然ハンデス)とか、ゼーロベンなんかもよく使っていましたね」

――GPの時は水闇自然のジウォッチを使っていたと思うんですが、GP前からずっと使っていたのでしょうか。それこそ、ハンデスからの流れとかで。
 
もるる「アナハンが好きだったからの流れもありますし、関西のプレイヤーにゼロっていう人がいるんですけど、彼がGPのちょっと前に優勝してて、面白いなと思って触ってみたら『GPでもいけそうだな』ってなりまして。アナカラー系のデッキが慣れていた、というのもありますね。GPのデッキは早々に決められたので、GP前は赤単とかサガとか、周りの環境を知るために別のデッキ触っていました」

――話を聞くとCSに出始めたのは割と最近で、ランキングなんかもほぼ初めてというような状況だったと思うのですが、それで結果を残したというはかなり凄いなと思うんですが、勝てた要因というのはどういうところにあったのでしょうか?

もるる「そうですね……。一番は周りに強い人たちがたくさんいたので教えてもらいながら出来たというところにあると思います。あとは自分が走っていた期間はずっと『これしかない』ってデッキがあったので。ま、サガなんですけど、サガがあって、周りの強い人たちが教えてくれて……というのだと、僕は一番感じていますね」

――ランキング期間中は、ほとんどサガで?

もるる「そうですね」

――ところで少し話は変わるのですが、中部のプレイヤーということで、関東に比べて平日CSなどが少ない分、遠征も経験されたと思います。実際何度か関東にもいらしていたと伺ってはいますが、遠征等について心掛けていたことってありますか?
 
もるる「毎日CSやっているようなところだと、特に強いプレイヤーも多いので『何処に行っても勝てる実力を身に付ける』ことを意識していました。平日は遠征してCSに出て、休日に帰ってくるなんてこともあったのですが、特に地元のCSでは勝って当然とは言わないですけど、それくらいの意識を持って挑んでいましたね」

――結果見事にランキングでの全国参加を決めたわけですけども、苦労した部分や苦戦した部分はありましたか?
 
もるる「自分の弱点としてデュエマ歴が長くない、というものがあってそこの経験不足はありました。特にサガがいなくなってからの残り1ヶ月半くらいはかなり困っていました。色んなデッキがありましたけど、サガが殿堂になった直後は遠征して他の地域の強いプレイヤーから情報を入手して練習……なんてこともしてました。でも触ってみると、全然自分で上手く使えないんですよ」

――相手として対戦している時と、いざ自分で触ってみるとでは違いを感じますからね……。
 
もるる「そうなんですよね。青魔(水魔導具)とか対戦していた時とは全然印象が違って……。それでいうと、『ミノミーさんって本当に上手かったんだな……』みたいなことは思いましたね」

――後期のランキング期間もそこそこ参加されていたようですが、どのような過ごし方をされていたのでしょうか。
 
もるる「目標は2つありました。1つは、GPの優先権利がある100位以内に入ること。また前期に経験不足を痛感したので、色々なデッキを触って『わからない』をなくす、というもありました。全国大会があるので、弱点を克服したかったんですよね」

――ちなみに来期のランキングはシステムが変更されますけど、どのようなランキングに争いになると思いますか?
 
もるる「そうですね……。今期は数が大事だったんですけど、来期はアベレージが高い人が勝つようになるのかな、と思ってます」

――ご自身は?
 
もるる「来期は事情があっていまのところはやらない予定なんですけど、夏過ぎくらいからは余裕があったらCS出てるかもな……とは思ってます」

――最後になりますが、全国大会への意気込みをお願いします。
 
もるる「当然優勝が目標なんですけど、ランキング期間中にお世話になった人も多いので、その人たちに恩返し出来るような結果を出したいですね」

――ありがとうございました。


師匠の教えを胸に?:にわか

 GPでのお茶目な1枚やランキングでの活躍もあり、今となってはすっかり強豪プレイヤーの1人に挙げられるにわか。しかし1年前までは、ほぼ無名のプレイヤーと言っても良かった。2022年の下期ではTOP50に残る成績を残していたが、それを知る人は関東のCSに出ていたプレイヤーくらいだろう。
 
 ランキング争いや大型大会には華があり、こうしたプレイヤーが注目されていくことは喜ばしい。
 
 もるる同様に比較的最近から始めたプレイヤーであるが、彼のユニークやキャラクターやそのバッグボーン、DMGP2023-2ndの話、そして“師匠”であるマイケルからの教えなど、多方面に渡る話を聞かせてもらった。
 

――よろしくお願いします。まずはプレイヤーとしての経歴を教えて欲しいです。ざっくりとランキングを見た限りだと、22年の下期からかなりCSには出ていらっしゃるようですが……。
 
にわか「そうですね。22年は下期はガッツリでした」

――それは最強位決定戦を目指していた、という?
 
にわか「目指していました。ただまだその時は実力が足りてなかったです」

――ちなみにデュエマを始めたキッカケ、のようなものはありますか?
 
にわか「小学生のときですね。道を歩いていたら、カードを拾ったんです

――(いきなり“らしい”エピソードが出てきたな、と思いながら聴いている)

にわか「当時はそれが何かわからないまま持ち帰ったんですけど、家でコロコロ読んでたら同じ物が載ってて、『あ、これか』って。それこからデュエマを始めました。確か覚醒編とエピソード1のちょうど間くらいだったと思います」

――そこからずっとデュエマをやってたんですか?
 
にわか「いや、そうではなかったんですよ。むしろ小学校の高学年の時は別のカードゲームをしていましたね。デュエマに戻ってきたのは2019年頃で、地元のカードショップにはやとくん(前期ランキング18位で全国大会出場決定)がいて、仲良くなったんですよ。その時にデイヤーループというデッキを知って、そこからガッツリです」

にわか「あとそのカードショップってマイケルさんの地元でもあったらしくて、マイケルさんとはやとくんに教えていただきながら、デュエマをやるようになりました」

――今年のランキングを走るようになったキッカケは、どのようなものだったのでしょうか。
 
にわか「2022年にやっていた全国大会(全国大会2019)を観てて、出たいと思うようになったんです。それで2022年の下期から最強位を目指したんですけど、その時はまだ……。最初の方に2.4倍のCSで勝ったのは良かったんですけど、そこから全然環境がわからなくて。駄目でしたね」

――なるほど、今回はリベンジだったんですね。

にわか「そうですね。2022年の下期と、23年春GPでマイケルさんと練習させていただくことになったんですけど、この時かなりガッツリ練習するようになりました。その中で魔導具と出会ったんですよ。そこで魔導具の練習をしていくなかで、(デュエマという)ゲームの理解も進みました。23年前期は、ほぼ魔導具一本でしたね」
 
――確かに。そう言えばずっと魔導具使ってましたね。
 
にわか「勝てた理由は魔導具を触り続けたお陰だったと思います。理解があったので、(その日・その週の環境に合わせて)構築を変えたりとかも出来ましたし、それが上手くいってたと思います。4月~5月は特に纏まって勝てたんですよ。特にサガに対して、徹底的に勝つよう構築・プレイ・練習していました」

――あの頃は魔導具が本当に強い環境でした。
 
にわか「魔導具という選択が良かったと思ってます」

――逆に上手くいかなかった、といった部分はありましたか?

にわか《蝕王の晩餐》型のサガが出てきたときに、全然勝てなくなったんですよ。7月は全然駄目でしたね。魔導具以外にも、ちゃんと他の強いデッキを触っておくべきでした」

――7月くらいになって『何か遂に、にわかくんがサガを触り始めたらしい』みたいな話が出てた記憶があります。
 
にわか「そうですね。8月以降はサガを教わって、かなり練習して、なんとかCSには持ち込めるように……みたいなことを考えていました。前々から師匠(マイケル)からは『お前は環境の変わり目に弱いから覚悟しとけ』って指摘されてたんですけど、本当にその通りで……」

――師匠が慧眼過ぎる。

にわか「ランキングも下がっていってかなり怖かったんですけど、その後に青黒(水闇)魔導具が出てきてなんとか盛り返しました。ポイントも盛れるようになって、最後はのすけくんと『どっちが千葉県1位になれるか』みたいな話になるくらいには余裕も出てきて、無事全国に行けました」

――無事全国も決めたところで後期のGPがあったわけですが、その時の活躍は特に印象に残っているという人も多いと思います。GPはどのような目標で挑んだのでしょうか?
 
にわか「自分が大型大会に勝ったことがなかったので、勝ちたかったんです。目標はベスト8と言っていましたが、2byeも持っていましたし、まずはとにかく予選を抜けることを考えていました。結果、上手くいって……。大きな舞台で勝ててよかったです。認知度も上がりましたし……」

――生放送の切り抜きがXで出回ってましたからね。後期GPを代表する1シーンでした。
 
にわか「大会の内容の話でいくと、今回もマイケルさんの元で調整させていただくこということで、本番の1ヶ月半前くらいからですかね? ずっとデアリ(闇火自然)のアビスの調整をしていました。予選では2bye込みでも7-0や6-1を狙わなくてはいけないので、環境トップのアナジャに勝てる、かつ初見で対応しにくい、受けも固いデッキを目指していました。本番では、思った通りの展開が上手く決まりましたね」

――それでは最後になりますが、全国大会への意気込みをよろしくお願いします。
 
にわか「優勝したいです! ランキング走らなくて済むように! あと今回はマイケルさんに調整していただいているので、マイケルさんと言えばアドバンスなので、アドバンスは全勝を目指します! 後は色んなデッキが見られるのが楽しみかも?」

――ありがとうございました。

(後編へ続く)

プレイヤープロフィール

ミノミー
 2019年超CSⅢ優勝、全国大会2019、最強決定戦出場。2023年は前期ランキングを1位でフィニッシュし、全国大会2023の出場を決めた。ランキング所属は東京都。
 過去には自身の度重なる優勝によって【水魔導具】を環境入りさせて以降、【水魔導具】の革新的な構築・プレイを示し結果を残し続けている。そのため一部プレイヤーからは“魔導具ニキ”“魔ニキ”などの愛称で親しまれている。
 また2023年ランキングでは、【水魔導具】以外にも【4c邪王門】や【闇自然アビス】といったデッキで結果を残している。
 
もるる
 DMGP2023-1st4位。2023年前期ランキング13位で全国大会出場決定。ランキング所属は三重県。「ももぐま」の名前だった時期もあった。
 19年以降のプレイヤーであり、今回のランキングは初挑戦ながら見事に全国大会への出場権を確保。期間中は地元の中部での活躍はもちろん、関西への遠征し活躍。時には関東にも顔を出すことがあった。
 彼の友人曰く「本当に××が付くほどの××ガキであるが、なぜか憎めない愛嬌がある」とのこと。なおインタビュー中は、誠実に質問に答えてくれるのが印象的だった。
 後期のランキングでも安定した成績を残し、しっかりとGP優先権を確保している。
 隠していたら恐縮なのだが、出戸環が好きらしい。

にわか
 DMGP2023-2nd4位。前期ランキング7位で全国大会へ出場決定。ランキング所属は千葉県。
 地元の強豪プレイヤーであるマイケルに師事、2022年下期より頭角を現すと、2023年は相棒の【水魔導具】と共に勝利を重ねた。
 「DMP天然ランキング」があった場合でも、全国大会への出場は恐らく可能だと思われる。
 なおインタビュー中は、師匠(マイケル)の話をする際には一貫して「させていただいた」「やっていただいた」といった語句を使っていたので、厳しい指導が行き届いているものだと思われる。

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