全国大会2025注目プレイヤー事前インタビュー:~後編~
ライター:河野 真成(神結)
(前編はこちら)後期ランキング10位:紅蓮
紅蓮は長らく関西の競技シーンを引っ張ってきたプレイヤーだ。【サバキZ】といって真っ先に思い浮かぶプレイヤーといったら紅蓮だ、という人も多いのではないだろうか。
その独特なデッキ選択や構築には、どのようなバックボーンがあるのだろうか。
勝利のノウハウ
――紅蓮さんはずっとデュエマを続けているイメージだったのですが、始めたのはいつ頃だったんでしょうか?紅蓮「デュエマを始めたのは小学校の4年生で、当時10歳でした。覚醒編(2010)のときですね。その後、中学生になったらカードショップに行くようになり、高校生になったらCSに出始めて、以降ずっと出ています」
――初めて優勝したのっていつだったんでしょうか?
紅蓮「最初の2017年の【光自然メタリカ】の時期でした。そのから【チェンジザダンテ】、翌年に【サバキZ】と使っていました。そしてサバキを使っているときに、『どうしたら勝てるのか』を覚え始めましたね」

――ちなみに『どうしたら勝てるのか』とは、どういった内容なんでしょうか?
紅蓮「サバキって特殊なデッキなので、調整をすると相手の理解度がないことが多いんですね。対戦する中でプレイの確認とかをして、『相手が何を考えているか』『何を考えてプレイするべきか』といったようなノウハウを培いました。これまでやっていたのはフリー対戦であって、調整ではなかったんですよ。相手に意思を伝えたり、相手の意図を汲んだり、しっかりと考えながらできるようになりましたね」
――いま紅蓮さんのランキング見ていますけど、19年の2月くらいから勝ちまくって……。秋以降は2ブロとかシールド戦でも結果を残していますね。
紅蓮「2ブロは【水闇ハンデス】みたいなのを使っていましたね。≪「本日のラッキーナンバー!」≫を撃って……みたいな」
――《Wave ウェイブ》使ったやつですね。
紅蓮「そうです、そうです。ただ(当時の)殿堂レギュレーションと2ブロックがあんまり変わらなかったので、シールド戦によく逃げていました」
――ちなみにシールド戦は何処でノウハウを身に付けたんですか?
紅蓮「ドラフトで遊んでいた知識が生きました。カードプールに目を通して、コンボを見付けて……みたいな作業をしていました。あ、それでいうと1つだけ絶対みるようにしていたのは山札回復のカードです。確か零龍(超天篇第4弾)のパックだと、《絶望と反魂と滅殺の決断》だけだったかな? それで《零龍》入れると相手が1枚山札減るので、《零龍》入りの除去コントロールを良く使っていました」
――あのパック、相手に手札1枚与えてもギガ・オレガ・オーラが強くて、なんとかなったりしそうですね。
紅蓮「《骸魔宮 ドクロガリヤ》とか強かったですね」
――で、どれだけ強く作っても《バルバルバルチュー》を引くと破滅して……。
紅蓮「そうなんですよぉ~」
※以下、超天篇シールド戦トークをしていました
ギネス記録?
――……と、話は大分脱線しまいましたが、改めて今期のランキングの話を聞かせてください。紅蓮「まず、走ろうと思って走ったことはないんですよね」
――まぁ、そうですよね。
紅蓮「CS出て、全国大会ワンチャンあるか……? となったところで無理矢理走り始めるという、ダメなタイプの夏休みの宿題みたいな走り方しか出来ないんですよ」
――(笑)
紅蓮「仕事の時間がめっちゃ夜で、夜中に終業して帰るんで夕方からのCSに出られないんですよね。昼からのCSに出られるか……? みたいな感じです」
――踏まえて25年度なんですけど、結果をみるとスタートは調子が悪そうに見えます。
紅蓮「スタートは全然ダメだったんですよ。前期のGP優勝したカルマくんに手伝って貰って、【火闇自然レッドゾーン】を作っていたんですけど、当時あまりメジャーじゃなかった《堕チシ八叉ノ蛇神》と《覇帝なき侵略 レッドゾーンF》を入れていたんですね。それで最初はベスト8とかだったんですけど、そこから全然勝てなくて」
――苦戦していたんですね。
紅蓮「それで普段のスタイルが逆張りということもあって、構築が迷走していました。12月に入ってようやく2回優勝しましたが、それでも2.4倍を2回優勝要求とかで……」
――そして、運命の12月末です。
紅蓮「《創世竜 Drache der’Zen》で大変なことになりましたね。一応、去年のツンマくんが2日で7000ptsくらい盛って全国いったので、そういうパターンもあるかなとは思っていましたが……」

――6倍優勝&2.4倍優勝で、それを越える2日で8400pts。更に週の切り替えてを挟んで、2日後にまた2400ptsです。
紅蓮「1週間で10800ptsですからね。『DMPランキングで(GP以外で)1週間で盛ったポイント数』のギネス記録とかに掲載してもらえませんかね」
――結果的に、ボーダー要求を飛び越えて一気に安全圏までいきました。
紅蓮「ランキングの盛り方としては参考にならないですよね」
――毎日ランキングを走って、期待値を追うというのが現在のランキングの基本スタンスですからね。
紅蓮「ちょっと昔の話をするんですけど、それこそ15年とかは月に1回CS出られたらいい方じゃないですか。だからそのCSに向けて、長い時間掛けて準備して……みたいな」
――私も《蒼き団長 ドギラゴン剣》が発売したとき(2016年5月末)、7月のCSに向けてデッキ作っていましたから、だいたい同じ感覚ですね。
紅蓮「今回の創世竜って、2週間くらいずっと考えていたんですよ。昔の1~2ヶ月って、今のCS頻度で考えると1~2週間じゃないですか。そういう意味では、今回は昔のやり方で勝ったんだなぁ、と思って。エモい気持ちになっていました」
ロマンチック・ビルダー?
――紅蓮さんと言えば、意欲的なデッキを使っている印象があるんですが、紅蓮さん流のデッキの作り方みたいなのを教えていただけないでしょうか?紅蓮「自分はまずTier1を触ります。そしてデッキを触って、そのデッキに対しての、勝ち方を知るところから始めます。すごく単純な例えを出しますが、ドリームメイトに対しては《カレイコの黒像》が強いとか、そういう話ですね」
――メタる側のデッキ構築なんですね。
紅蓮「自分は『〇〇をやりたい』というよりは、『〇〇に勝ちたい』の方向性でデッキを作っていますね」
紅蓮「例えば優勝したGPのときは、【水闇COMPLEX】に《虹速 ザ・ヴェルデ》と《SSS級天災 デッドダムド》を採用していたんですけど、これは【闇自然アビス】と対戦したとき、相手側の回答が《秩序の意志》しかないからということで、封印の対策もあって採用していました」

――環境がわかっている方が合っているタイプですね。新弾発売日より、その1週間後とかの方が勝てるタイプの。
紅蓮「そうですね。仮に1ヶ月のうちに1回しかCSに出られないなら、新弾の1週間後に出ますね。それでいうと、今回の創世竜についてはかなり例外ですね」
紅蓮「もう1つ付け加えると、デッキを作るとか使うにあたっては、自分が楽しめるようなデッキを心掛けています。自分はデュエマ大好きなんですけど、作業としてデュエマをするのは嫌いで。それでも【水闇サガ】クラスのデッキがある場合は、死んだ顔でサガを使うか、一旦デュエマを離れるか、みたいなことを考えますが……(笑)最強デッキ同士の練度ミラーなら、それは楽しめるのでありなんですけどね」
――最強デッキのミラーって、練度ゲーになるケースがあったりなかったりしますよね。
紅蓮「デュエル・マスターズってゲームをやっていく中で、当然練度で勝つ・勝たないの幅はあると思うんですけど、それ自体はちょっと狭いのでは、と思うところがあって。ですので、僕は構築勝ちを狙いますね。構築は常に一定の勝率を出せるので」
――踏まえて、全国大会はデッキに期待していいのでしょうか?
紅蓮「もちろん勝つのは前提として、観ているみんなが驚くような……ロマンチックなデッキで勝ちたいですね」
――ロマンチック……?なデッキ、期待しています。
紅蓮「唸らせてぇなぁ~~~」
――ありがとうございました!
後期ランキング6位:メネラウス
超CSⅧ大阪が開催された折に、当時ランキング2位であった時雨みぐれにインタビューをした。その中で彼はざっくり要約すると「そのタイミングで強いデッキを、全てメネラウスから教えてもらった」と語っていた。
1人のプレイヤーを勝利に導いた彼のことを、私は名軍師と紹介した。
そこから3ヶ月後、今度は自ら戦場に立つと、その実力で他を圧倒した。
4ヶ月のランキング期間のうち、わずか2ヶ月で必要ポイントに到達すると、あっさりとゴールインしてしまったのだ。
その方法がまた強烈で、自分が勝つことで環境を変え、それに有利なデッキを持ち込んで……というもの。
後期の関東の環境は、まさに彼が掌握していたのだ。
環境トップを知ること
――本日はよろしくお願いいたします。まずメネラウスさんのデュエマの生い立ちについて教えていただけますか?メネラウス「デュエマに始めて触れたのは中学1年の頃でした。7~8年とか前ですかね?」
――ジョーカーズが出た頃(2017)とかですかね?
メネラウス「ちょうどそのくらいだと思います。当時はスタートデッキを買って、パックから出たカードで強化して……といった遊びをしていました。仲間内でちょっと流行っていた、という感じです」
――そこから大会に出るようになった経緯は、どういったものだったのでしょうか?
メネラウス「大会にでるようになったのが2020年とかで、中学の友達に一緒にCS出ようと誘われたんですよね。ただ、行こうとしていた大会がコロナの関係で中止になって……。ただ自分は初めてのCSでワクワクしていたので、大会が再開したときに出たんです。それが始まりでした」
――そこから、定期的に参加するようになったんですね。
メネラウス「そうですね。結局誘ってくれた友達はCSには出ないままだったんですけど、CSに行く中で友達が出来ました。そしてちゃんとランキングとかそういうのを意識するようになったのが、2023年の前期です」
――《絶望神サガ》の時代ですね。
メネラウス「そうです。大学に入って時間も確保しやすかったので、ランキング……といっても、100位というところなんですけど、それを目指そうと」
――当時はどういう取り組み方をしていたんですか?
メネラウス「この時はずっと【火単我我我】だけを使っていました。これでずっと出続けて、ギリギリTOP100って感じですね。当時はすべてのポイントが反映されていたので、ヤバイなと思ったときは出続けていました」
――はじめての挑戦で100位はすごいです。
メネラウス「23年の後期は【水闇魔導具】をずっと使っていました。前期は【水闇サガ】とか環境トップを一切使わなかったんですけど、後期は環境トップのデッキを使って、難易度の違いを体感しましたね。環境トップのデッキというのを意識するようになりました」
軍師業の真実?
――ところで8月の超CSの大阪で、時雨みぐれさんにインタビューをしたんですけど、その際に「デッキは全部メネラウスが決めてくれた」と仰っておりまして。それを"名軍師"と書かせていただいたわけですが、実際のところどういった流れでそうなったんですか?メネラウス「(笑いながら)その話なんですけどね。最初からみぐれに勝たせようみたいに思ってやっていたわけじゃないんですよ」
――実は。
メネラウス「もともと、自分は1人回しが好きで。家でもデッキを2つ用意して、回しているんですよね。そうやって回しているうちにそのデッキの強さとか、他のデッキに対するプレイとか、見えてくるものがあったんですよ。それが楽しくて誰かと共有したくて。ちょうどみぐれがいるLINEグループに、それを投下していたんですよね」
――発端としては、1人回しの発見の共有だったんですね。
メネラウス「そうです。その結果、(自分の1人回しの成果を信じてくれた)みぐれが勝ちまくった、っていう。ある程度の時期が過ぎてからは、自分も『みぐれのために』というモチベーションやっていました」
――実際、時雨みぐれさんとはデッキやその選択に関してどういった話をしていらしたんですか?
メネラウス「これは自分もみぐれも共通の認識なんですけど、大型大会は基本的には"順張り"が強いと思っているんですよ。当時だと【ファイアー・バード】とか。だから大型大会については『練習に付き合う』ってニュアンスの方が強いですね。ただ平日CSについては、"逆張り"でいいと思っていました」
――大型は安定を優先して、平日はメタを読んで尖った方がいい、みたいな感じでしょうか?
メネラウス「いえ、そういう感じではなくて。元々は【ファイアー・バード】の1人回しをする中で、色んなデッキと当ててみるじゃないですか。当時ですと【ゴルギーオージャー】とか【アポロ】とか【COMPLEX】とか。最初はファイアー・バード視点で、どういったプレイをしたらいいのかとかを考えて回していたんですけど、例えば『ゴルギー、思ったより勝つぞ』となったりして。そういう結果を共有していたので、平日の母数とかを見て……みたいな感じではなかったんですよね」
――メタを読んでそこにいけそうなデッキを、とかではなくて、1人回しの知見の共有だったんですね。
メネラウス「そうです。『こっちのデッキも面白い』みたいな感じで勧めていました」
あらゆるデッキを使いこなせ!
――そして後期ランキングの話なんですが、noteの記事の方も読ませていただいたんですけど、最初から走るという感じではなかったんですよね?メネラウス「そうです。10月はGPがあったのでCSには出ていたんですけど、走る気はなくて。ただGP前日に平針の2.4倍CSがあったんですか、はねねから強く誘われて。平日の2.4倍なんて中々ないんだから、ここだけは出よう、みたいな。じゃあ……って出たら、そのまま優勝して。そこから全国を目指すことにしました」
――後期はどういった戦略でCSに出ようとしていたのでしょうか?
メネラウス「最初の段階で【水闇COMPLEX】が見つかって、触っていたんですよ」

――GP前は【水闇COMPLEX】の印象が強いですね。
メネラウス「コンプって対戦相手から甘くみられがちだったんですよ。強さがバレにくかったので、かなり勝てました。で、勝ちすぎたので見られる(警戒される)ようになりまして……」
――確かに勝ちすぎてはいましたね(笑)
メネラウス「対【水単サイバー】もバレる前は勝てたんですけど、バレてくると5割をちょっと越えるくらいの戦績かな……となって。分は悪くないけど、負けることも増えてきたんですね。ですので、後手からでもサイバーに勝てるデッキを探していたときに、【火闇自然レッドゾーン】(バイク)が思い付いたんですよ。ただ実は、バイク使って最初は負けているんですよね」

――そうだったんですね。
メネラウス「それでも1人回しの結果、強いのはわかっていました。世間的には当時"先攻デッキ"の認識だったと思うんですけど、サイバーにも勝てると信じていて……で、勝ち始めました」
――期待通りの結果を残すことができた。
メネラウス「で、バイクで勝つと今度はバイクのミラーが増えたんですよ。地獄の環境になりました(笑)」
――バイクミラーばかりは、まぁ……。こればかりは先攻ゲーですからね。
メネラウス「そうなんですよ(笑)。だからそこから抜けたかった。その時に、【4cダーバンデ】に注目しまして。試しにやってみたんですけど、これが勝てない。ゲームの伸ばし方がわかんなかったので、ちょうどGPで使っていたけんけんラーメンに使い方を聞いたら、練習に付き合ってくれました。そこからはゲームの伸ばし方がなんとなくわかってきたので、2.4倍優勝できました」
――11月のこの時点で、ほぼほぼランキングは確定状態でしたよね。
メネラウス「そうですね。この時点で16500あって、結果的にちょうどボーダーでしたね。この後1回もCS出られなくても、全国には行けるだろうとは思っていました」
――勝ちまくっている強いプレイヤーのイメージって、17年のdottoさんの【光自然メタリカ】とか、22年のどんよくさんの【JO退化】とか、1つの最強のデッキで勝ち続けている印象だったので、デッキを変えながら勝ち続けるみたいな形が新鮮でした。kaisoraさんとかも含めて、現代ランキングはデッキを使すのが答えなのかもしれませんね。
ゴールとその先
――その後はどうしていたんでしょうか?メネラウス「バンデで優勝した後は、元々CSに出る気はなかったんですけど、第4弾(終淵 ~LOVE&ABYSS~)で《~神帝、完成せり~》の調整をけんけんとしていたら、楽しかったんですよ。楽しかったら、CS出たいじゃないですか。そして出たら勝てなくて。勝てなかったら、勝ちたいじゃないですか(笑)。そうして出ていたけど勝てなくて、『勝てないのになんで出ているんだろう?』みたいにはなっていましたね」
――苦悩もあったんですね。
メネラウス「1月の後半くらいからは、全国大会に向けた調整にシフトしました。発売前の新プールで練習していましたね」
――振り返ってみて、ランキングで勝てた要因はどの辺りにあったと思いますか?
メネラウス「『ランキング期間中は練習をできない』って話がよくあるじゃないですか。実際CSに出続けていたらそうだと思うんですけど、自分は0.6倍のCSとかの日は出ないで、その時間を1人回しに充てていました。それで今の環境を見つめ直したり、或いは整理したりする時間にしていたいのですが、これがかなり良かったなと思っています」
――最後になりますが、全国大会への意気込みをお願いします。
メネラウス「狙うは優勝ですね。王道ですけど(笑)」
――ありがとうございました!
後期ランキング1位:オガワ
オガワにとって全国大会は初めての舞台になる。
その初の全国大会を、なんとランキング1位の肩書きで迎えることになる。
だがランキング1位の実力者が語る言葉の多くは謙虚であり、そして友人たちへの感謝であった。
気付けばCSに……
――本日はよろしくお願いします。まず、デュエマとの出会いについて教えていただけますか?オガワ「ちょっと待ってくださいね。今日メモしてきたんですよ……」
――準備いただきありがとうございます。
オガワ「ちょっと緊張しているんですが、よろしくお願いします」
――面接とかではないので気軽にお願いします(笑)
オガワ「それで、デュエマとの出会いですよね。小学校3年の時がエピソード1(2011)だったんですけど、その時に始めました。確かダークサイド(《永遠のリュウセイ・カイザー》などが収録)の弾だったと思います。そこから、小学校の間はずっとやっていて、ドラゴン・サーガ(2014)の時期で一旦離れました」
――復帰はいつ頃だったのでしょうか?
オガワ「十王篇(2020)でした。高校生になったんですけど、ちょうどコロナ期でしたね。家から出られなくなって、その中でも友達と手軽に遊びやすいから、『デュエル・マスターズ久々にやろうぜ』って感じでした」
――ちなみにそこって綺麗な別れ道で「友達とワイワイ楽しんで思い出の1つになる」か「デュエマが楽しすぎて1人でカードショップに出入りするようになる」に分かれるんですけど、今ここにいるということは……。
オガワ「後者でしたね(笑)。ただ、そこからすぐにCSに出るようになったわけじゃないんですよ。CSによく出るような感じになるのが、《絶望神サガ》の時(2023年前期)ですね。始めてベスト8プロモを取ったときのデッキが、《絶望神サガ》でした」
――最初の入賞デッキがサガという人、この企画では(たぶん)初めてですね。
オガワ「後期になると初優勝もできて、それで弾みもつけられてそのまま結構勝てたんですよ。そしたら全国大会に出る◆ちゅーやさんから、全国大会の調整に誘われたんですよ。嬉しかったんですけど、他のメンバーを見て実力不足も実感しまして……」
――ちなみに、他のメンバーってどなただったんでしょうか?
オガワ「Rikkyさんに紅蓮さん、そしてめのくんという……」
――確かに、CS出始めて1年でこれはビビる。
オガワ「そんなわけで、実力不足を痛感したのでますますCS出る回数が増えていきましたね」
いざ、ランキングへ
――24年度になると、ランキングでの名前を聞く機会が増えました。オガワ「24年度は1年通してずっとCSに出ていた気がしますね。人脈も増えました。前期はまず数出てみようという形で取り組んで、そして後期になって、難しいけど全国大会目指して1回挑戦してみよう、という形で走り始めましたね」
――実際、後期ランキングを走ってみて如何だったでしょうか?
オガワ「すごく苦しい時期でした。とにかく、周りが強かったんですよね。エリア戦が終わったくらいで一時期はボーダーの一個下くらいまでは付けられたんですけど……。そこから年末年始で大きく離されて、そこで断念しました」
――それで言えば、エリア戦も惜しかったですよね。25さんに敗れてベスト8。
オガワ「ベスト8まで来て、(《水晶の祈り / クリスタル・ドゥーム》で紹介)もしてもらえたので、嬉しかったんですけどね」

――24年後期を走って、感じた課題とかはどのようなものだったのでしょうか?
オガワ「それでいうと、1つは練習時間だと思います。CSに出ていたのはいいんですけど、デュエマがCSだけで完結していたんですよね。個別に練習というのをしていなかったんですよ。それから、デッキ選択にも課題がありました。1個のデッキに固執していたと思います。主に【マーシャルループ】を使っていたんですけど、関西は【水闇自然マルル】とかが結構流行っていて」
――そういえば《死神覇王 ブラックXENARCH》入りの【水闇自然マルル】が関西で流行っていると当時聞きた記憶があります。
オガワ「そうなんですよ。『関東ではマーシャルが勝っているから……』って思って使っていましたが、関西と関東でのメタゲームの違いとかを考えられていませんでしたし、【ファイアー・バード】をちゃんと触るべきだったと思います」
――踏まえて、今期のランキングについてはどう取り組んだのでしょうか?
オガワ「今年は走るぞと決めていたので、前期はGPや超CSといった大型大会を中心に置きながらCSには出てていました。その中で超CS辺りから【水単サイバー】が強いだろうということで、どんよくくんやとりくんたちと【水単サイバー】の練習を重ねていました。後期ランキングは恐らくサイバーになるだろうということで、サイバーは関西では一番上手いプレイヤーになれるくらいには頑張ろう、って思っていましたね」
――後期ランキングはまずサイバーから、といった感じだったのでしょうか?
オガワ「そうですよね。一旦はサイバーでよくて、通りが悪くなるまでは使おうと決めていました。関西は日によってメタゲームが違っていたので、ミラーが多い時期には《Dの天災 海底研究所》を、【火闇自然レッドゾーン】が増えたら《挑戦の決闘》を入れて出る……といった感じにしていました」
――私も後期始まる前は「基本的には【水単サイバー】で後期は完走するプレイヤーが多いんだろう」って思っていましたが、ところがそうはならなかった。
オガワ「そうなんですよ。11月くらいまではサイバーで勝てたんですけど、バイク(火闇自然レッドゾーン)が増えてきた辺りから、勝てなくなってきて。1週間で一度も3桁ポイントを詰めない、みたいな週もありました。ポイント状況的には、それでも(客観的に見た時に)余裕はあった筈なんですが、自分はまだランキングで全国に行けたことがなかったので、不安な日々でした。どんよくくんやカイザさんとの練習の成果もあって、運良く勝てた日もあったんですが、『サイバーだけじゃ無理だ』と思うようになりましたね」
――それで、そこからどのような取り組みにしたのでしょうか?
オガワ「サイバーかバイクか、ということにはなるんですが、これだと運要素が強めだなと思っていたんですよ。その中で関西って、12月から2ブロックのCSが始まったんですよね。2ブロックって【光水自然ゴルギーオージャー】が強いのはご存じの通りなんですが、こっちに出るのもありなんじゃないかと思ってどんよくくんに相談したんですよ。そしたら練習付き合ってくれることになって」

――なるほど、2ブロックに出ることにしたんですね。
オガワ「対バイクを想定して受け多めのゴルギーを組んで、それで優勝したんですよ。これでポイント状況的にも安泰になって、ようやく自分でも安心できるようになりました。2ブロでゴルギーを使っていたお陰で、12月に《大集合!アカネ&アサギ&コハク》でゴルギーが強化されたタイミングで使う事もできましたし、2ブロの経験が生きましたね」
――2レギュレーションをやるというのも、ある意味では「1つのデッキに固執してしまった」に対する回答なのかもしれませんね。
オガワ「とにかく練習に付き合ってくれたどんよくくんには感謝しています。(24年度は)練習時間が足りていなかったという反省があったのですが、今期はどんよくくんがCS終わった後から夜中まで、日によっては朝まで練習に付き合ってくれました。どんよくくん、とりくん、ありがとうございます」
――友人の協力があったんですね。
オガワ「先の見えないランキングの中で、僕のメンタルを支えてくれたのも応援してくれたみんなのお陰でした。みんなのお陰で走り抜けることができましたね」
感謝の全国大会
――もしよければ、全国大会への意気込みを教えていただけますか?オガワ「これだけはちょっと自分でもふんわり漠然として、イメージ出来ていないんですよね。もちろん、勝ちたいというのはあるんですが」
――全国大会が初めてだから、というのはあるのでしょうか。
オガワ「そうかもしれませんね。ただこれだけ練習に付き合ってもらったので、いい成績は残してどんよくくんには感謝したいな、と思っています」
――どんよく選手と言えば、今年のエリアのデッキが面白かったので印象に残っています。
オガワ「エリアの時は恩返しもあって、一緒に練習にしていました。それぞれが出したアイデアを、最終的にどんよくくんが形にしてくれて。構想としては2ブーストさえ引ければ、上の4コストはなんでも強い、ってデッキにできたとは思うんですよ。ただどんよくくんは2ブースト引けない試合が2つあって負けてしまって……。メンバーの最高がベスト8だったので、そこは残念でした」
オガワ「それでいうと、練習に付き合ってもらった分、全国大会ではカッコイイところを見せられたらな、と思います」
――ありがとうございました。
プレイヤープロフィール
紅蓮:《煌龍 サッヴァーク》とキラくんを愛する、関西のプレイヤー。
【サバキZ】使いとしても知られている。
DMGP2024-1stのチーム戦で「みんなと戦えてよかった」(通称みんたた)でkaisora、Rikkyと共に優勝。今年も3人揃って全国大会である。
今シーズンは《創世竜 Drache der’Zen》を使用し、わずか4日で10800ptsを稼ぎ全国大会を決めた。
メネラウス:
23年より競技活動を続けている関東のプレイヤー。
1人回しが好きとのことで、そこで得た知見を元に前期は時雨みぐれを、後期は自らを全国大会へと導いた。
特に後期ランキングはわずか2ヶ月で16500ptsに到達し、全国行きを決定。
個人的なプレイヤーオブザイヤーを決めていいなら、今シーズンは間違いなく彼。
オガワ:
関西で活動するプレイヤー。
24年は惜しくも全国大会を逃すも、25年は後期ランキングを1位でフィニッシュし、見事に全国大会を決めた。
インタビュー中はとにかく謙虚。友人たちへの感謝の言葉はインタビュー中に30回、どんよくの名前は50回くらい聞いたと思う。
ちなみにインタビューの後にも、友人たちに感謝している旨のチャットが送られてきた。
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